2014年1月31日金曜日

彭定鼎: また会おうイリハム



出典:『参与』1月30日付記事 http://canyu.org/n84295c6.aspx
〔彭定鼎は在北京の時事評論家。原題は「又見伊力哈木」。2009年のイリハム・トフティ拘束後に黄章晋が書いた「再見伊力哈木」に題名を掛けている。

イリハム・トフティはウイグル人の学者で、中央民族大学の副教授である。2014115日午後、警察は彼を自宅から連れ去り、自宅を捜索して若干の物を持ち去った。〔令状なしの拉致、捜索、押収〕

米国国務院のジェン・サキ報道官は16日、米国はイリハムの拘束について「深い関心を寄せて」おり、かつ「中国当局は直ちにイリハムの所在を公表し、中国の国際的人権責任において彼が享受すべき保障と自由を彼に与えることを求め」た。これに対し、中国外交部報道官は16日、イリハムは「犯罪に関与し、違法行為を行った疑いで」「刑事拘留」されていると述べたが、詳細については説明しなかった。

『環球時報』の報道によると、イリハムはその主催するウェブ(ウイグルオンライン)上で扇動的言論を掲載し、暴力による問題解決奨励をにおわせたそうだ。

イリハムは097.5事件の直後に自由を失い、823日に再び自由になった。それが拘留だったのか、召喚だったのか、はたまた拉致だったのかいまだにはっきりしない。彼は拘束が解けてから航空宇宙部中心病院に一時入院して、その時に私は彼を見舞った。それは私の唯一の彼との面会と会談だった。私から見れば彼は激烈で熱狂的な民族主義感情を持ってはいなかった。彼は普段北京で生活し、家庭も仕事も北京にあり、漢語を流ちょうに話す。私は彼が分離主義分子だとは想像できないし、過激主義者、テロリストの傾向も見ることはできなかった。彼は私と話すときにとても慎重だった。私はその時7.5事件の黒幕についての推測(もちろんラビア・カーディルではない)を話したが、彼は私の推測を聞いてすぐに話題を変えた。

私のウイグル人学生は私に「イリハム先生」は「ウイグルオンライン」で活躍しているが、サイト上での発言は基本的にウイグル人の権利に限られ、違法な言論などないと言っている。


いまに至るも当局はイリハムが具体的にどの法令のどの条文に違反したのか明らかにしていないので、この件については評論のしようがない。しかし私は、言論の罪で人を捕まえる当局のやり方は荒唐無稽であり、愚かであり、さらには有害であると考える。

097.5事件の後、新疆当局はウルムチのウイグル人記者ガイラット・ニヤズを、「国家機密漏洩、国家安全危害」の罪名で拘束し、具体的犯罪行為を明らかにしないまま15年の刑を下した。国外ではニヤズが捕まった原因は王楽泉〔当時の新疆自治区中共書記〕ら新疆地方当局の職権乱用と無能を暴露したからではないかと疑った。私はこの推測は信頼できると思う。

それ以前、ウイグル人青年作家ヌルムハメット・ヤスンがウイグル語雑誌『カシュガル文学』2004年第5期に「野バト」という寓意小説を発表して分離を扇動したと指弾され、10年の刑を受けた。ヌルムハメットは2011年にシャヤール監獄で病死したという報道があった〔その後家族が生存を確認〕。私は彼の寓意小説の漢語訳を読んだが、文学的にはとても優美である。しかし、私はこの寓意の背後にある思想には賛成できない。残念なのは、私が作者と議論する機会を持てないことである。

この点こそ致命的なのだ! 当局はイデオロギー領域で全く間違った方法で応戦している。イデオロギーの衝突は言論を武器としなければならないが、当局は自分の見解を恐れずに表明するいわゆる「異論派」を暴力で弾圧している。このようなやり方は人々をテロリズムに追いやるものだ!

私は、言論の自由は絶対だと考える。つまり、個人に対する誹謗中傷を除いて、どんなに間違った、危険な言論の散布も自由であるべきだ。人々は正しい言論で反撃できる! 私が見たいと望むのは、新疆の街角でウイグル独立促進会と祖国団結促進会が街頭論戦を行い、イスラム運動委員会と科学的理性提唱会が試合をすることである。百花斉放ではなく草花斉放で、毒草も含めて好きなように成長させる。当局は大衆を信頼していると言ってるじゃないか? 私は大衆は騙されやすいと考えているが、私も大衆を信頼する。私は言論が統制された状況下では大衆は非常に容易に誘導されて、熱狂に向かうことを知っているが、大衆は言論の自由の環境下では基本的に正しい選択をすると信じている。宗教信者は宗教が弾圧されている状況下では容易に過激分子になるが、それは全く怪しむに足りない。文化大革命を思い返してみよう。我々不信心な漢民族が全民族的熱狂に陥ったではないか!

125日、ウルムチ市公安局は以下のウエイボーを流した。〔そして中共当局はその指弾するウイグルオンラインの当該部分を示すことができず、ウイグルオンライン自体を見れなくしてしまった〕

イリハム・トフティが創刊し利用していた「ウイグルオンライン」サイトは、一部の人をウェブマスター、通信員、情報員に引き込み、デマ、歪曲、犯罪事件の大げさな報道を通じて騒ぎを引き起こし、分離主義思想を散布し、民族的敵意を扇動し、「新疆独立」を主張するという分離主義活動を行った。

イリハム・トフティは教室で公然と「ウイグル人は暴力によって抵抗しなければならない」、「ウイグル人はかつて日本の侵略に抵抗したのと同じように政府に抵抗しなければならない」と主張し、4.236.26などのテロ事件の暴徒を「英雄」とたたえ、学生に国家に対する憎悪、政府に対する憎悪、「政府打倒」を扇動した。

イリハム・トフティは教師の身分を利用して、一部の人を誘い込み、誘惑し、強要してグループを作り、国外の「東トルキスタン独立運動」幹部と結託し、国外で分離主義活動を行うことを画策、組織し、人を派遣した。
〔以上当局ウエイボーの引用〕

これらすべての活動が言論である! なぜ言論で言論に反撃できないのか? それとも彼を論破できないと心配しているのか?

かつて胡風が「反党分子」と指弾された時〔1955年〕、一部の胡風批判に動員された労働者は「訳が分からない」と言っていた。胡風は銃も持ってないし、軍隊を率いてもいないのにいったいどこに反党の能力があるんだ?

政府は扇動を心配すべきではなく、イデオロギーにはイデオロギーによって反撃すべきである。イリハムが本当に新疆当局の主張するようなことを言っているのなら、彼に説明させればいい! なぜ「暴力」を使わなければならないのか? テロ事件を起こした暴徒はなぜ英雄なのか? 彼が話したところで、天が崩れることはない! 毛沢東は文革の時にふたたび軍隊を連れて山にこもると言ったが、あれは扇動ではないのか?

私は数年前に、テロリズムも一種の表現であり、それは正常な表現のルートが閉ざされた時の表現であると言った。イリハムは声を発せず、死を恐れないテロリストほど危険ではないだろう? 彼はイデオロギー領域で主張しているのだから、政府は積極的に反論すべきである。

情報は止めることはできない。近代的通信技術が発達したネットワーク時代の前にも、過激主義を主張するパンフレットは新疆に出回ったではないか? バリン郷事件、グルジャ事件で大量の「反動宣伝材料」〔それらの「材料」は中共当局のねつ造の可能性が濃厚である〕が押収されたではなか イリハムを拘束したら天下泰平になるなどと考えるべきではない。過激主義のイデオロギーはより隠れてより危険な方法で広がっていくだろう。

テロリズムは全く新しい犯罪である。テロリストは自分が罪を犯していると思っていない。彼らは自分が崇高・神聖な事業に従事していると考えており、その事業のために生命を投げ出す覚悟がある。彼らによれば聖戦の中で犠牲となった烈士は天国に永住できる。テロリストの逮捕、銃殺は彼らにますます多くの烈士を提供するだけである。イデオロギー戦争は不可避である。

表現のルートがあることは文明社会の基本的特徴である。人が「暴力が必要である」と言うとき、政府は真剣にその言論の背後の不満に耳を傾け、かつ人民の権利を十分に保障しなければならない。「安定維持こそ人権を守ることだ」と、習近平主席はいいことを言っている! 人々の正当な権利が保障された時に初めて社会は安定する。暴力で言論に対応することは安定に決して役に立たない。

マルクスはドイツで暴力革命を提唱する『共産党宣言』を書いたが、共産主義はドイツでは実現しなかった。『共産党宣言』は米国や西側資本主義国では一貫して合法的出版物で、今でも人々は米国で簡単にこの本を買えるし、ネット上では各国語版が自由にダウンロードできる。しかし、暴力革命は言論の自由の無い国だけで発生した。この歴史の教訓を忘れてはならない。

言論は危険ではない。沈黙こそが本当に危険なのだ!

〔 〕内は訳注。転載自由、要出典明記

2014年1月24日金曜日

イリハム・トフティ氏の即時釈放を求める署名呼びかけ

原サイト:https://docs.google.com/forms/d/15EVdct52bl32-bvTlVAzriIgToZw2TMBxaImWVb171Y/viewform

〔この4日間にわたってイリハム・トフティ氏の文章を訳してきましたが、彼は1月15日から中国の公安当局に拘束され続けています(逮捕状なしの拘束)。この署名は彼の即時釈放を求めて、中国内外の人々に広く呼びかけられている署名です。中国国内では署名者が警察の事情聴取を受ける事態が(いつも通り)発生しているので、中国国籍の人はそのリスクを想定して署名するか否か、そして署名するとしてペンネームにするか否かを判断してください。〕

关于要求立即释放伊力哈木教授的联署 Petition for the Immediate Release of Professor Ilham Tohti

(原始文本:中文,英文在后。 Original Language Version: Chinese, English version at the end. )2014年1月15日下午,民族大学维吾尔族学者伊力哈木·土赫提被警察从北京家中带走,并对其家进行两次长达数小时的搜查。迄今伊力哈木下落不明,其妻儿母亲被限制自由。中国外交部发言人在2014年 1月16日宣称伊力哈木涉嫌违法案件。
现 年44岁的伊力哈木·土赫提是民族大学国际结算专业的副教授。他于2006年创办的“维吾尔在线”网站,面对封杀打压坚持至今,成为让中文世界了解新疆问 题真实状况的重要窗口。伊力哈木始终反对新疆独立与任何暴力行为,积极推动维吾尔族和汉族之间的友好沟通,他把解决新疆问题的主要希望寄托于中国政府调整 错误的新疆政策。为此他对当局现行新疆政策进行批评,同时提出各种改进建议。他的批评和建议皆以认真的课题研究为基础。他被中国思想学术界视为维吾尔族和 汉族之间弥足珍贵的桥梁人物,被新疆当地人民视为有勇气的民族代言人,他应该能够成为未来解决新疆问题的重要民间领袖,在民族和解中发挥难以替代的作用。
我们呼吁:
1.当局马上释放伊力哈木,否则就应公布伊力哈木“涉嫌违法案件”的案情,拿出足以服人的事实和证据,而非以言治罪。
2.警方必须保证伊力哈木的人身权利,允许伊力哈木本人和家人委托的律师介入案件并依法会见当事人,解除对其家人的非法人身限制。
从 2008年的拉萨事件到2009年的乌鲁木齐事件至今,中国政府民族政策的失败与恶果已是有目共睹。伊力哈木的被抓标志着当局在拒绝反思错上加错的路上继 续前行。一党权力是暂时的,国民未来是永久的,维护一党眼前之稳定,毁损国民长远之未来,每个中国国民对此都有权过问和追究,为国家未来也即自己的未来负 起责任。其他国家的国民同样有权关注,因为维吾尔人的苦难即是人类的苦难,中国未来的灾难则会危及整个世界。
让我们用签名表达对伊力哈木的关注!
联署表单〔署名フォーム〕: https://docs.google.com/forms/d/15EVdct52bl32-bvTlVAzriIgToZw2TMBxaImWVb171Y/viewform
联署结果〔署名者一覧〕: https://docs.google.com/spreadsheet/pub?key=0AsKDF8_HXe4IdGowdmRKcXAyd0REa2QxSFBtRjhlX1E&output=html
伊力哈木:我的理想和事业选择之路〔私の理想と選んだ道(日本語訳文は本ブログにあり)〕 https://s3.amazonaws.com/wenyunchao_share/Ilham_01.html

Petition for the Immediate Release of Professor Ilham Tohti

In the afternoon on January 15, 2014, China’s Minzu University Uighur scholar Ilham Tohti was taken from his home in Beijing by the police. His home was also ransacked twice. His whereabouts are unknown to this day. Authorities have also restricted his wife and mother’s movements. On January 16, 2014, the spokesperson for the Foreign Ministry said that Tohti was suspected of committing crimes and violating the law.

Forty-four year old Ilham Tohti is an associate professor of economics at Minzu University. In 2006, he founded the website Uighur Biz. Despite being constantly blocked and suppressed, it has become an important window for the Chinese-speaking world to know about the reality of the Xinjiang situation. Ilham Tohit has always opposed Xinjiang independence and violence of any kind. He actively pushes for friendly communication between Uighurs and Chinese. He put his faith of solving the Xinjiang issue in the Chinese government adjusting its problematic Xinjiang policy. Because of this, he has criticized the Chinese government’s Xinjiang policy, and at the same time, proposed various changes. His criticism and suggestions are all based on serious academic research. He is regarded by the intellectual community as a precious man who bridges Uighurs with Chinese, and by the local Xinjiang people as a courageous representative of Uighurs. In the future, he should be an important civic leader in solving the Xinjiang issue, and play an irreplaceable role in ethnic reconciliation.

We strongly urge:

1. Chinese authorities to release Ilham Tohti immediately, otherwise, announce the details of his alleged “crimes.” Authorities should use evidences to prove the case, rather than criminalizing speech.

2. The police must guarantee to Ilham Tohti individual rights, allowing a lawyer of his or his family’s choosing to be involved and meet with him. The police should also withdraw from unlawfully restricting the movements of his family.

Since the 2008 Lhasa violence to the 2009 Urumqi riots to today, the failure of China’s ethnic policy is obvious to all. The detention of Ilham Tohti demonstrates that the Chinese government is continuing its mistakes. The Communist Party’s grip on power is temporary, but the wellbeing of the Chinese people should be lasting. The Chinese Communist Party maintains present stability by sacrificing the future of the people. Every Chinese citizen has the right to hold the Communist party accountable, taking shared responsibility for the sake of the future of the country. Citizens of other countries may also pay attention to this event, because the suffering of the Uighur people is the suffering of all human beings, and China’s failure could jeopardize the entire world.

By signing the petition, we express our concern over Ilham Tohti!

Signing the petition〔署名フォーム〕: https://docs.google.com/forms/d/15EVdct52bl32-bvTlVAzriIgToZw2TMBxaImWVb171Y/viewform
See the petitioners’ list〔署名者一覧〕: https://docs.google.com/spreadsheet/pub?key=0AsKDF8_HXe4IdGowdmRKcXAyd0REa2QxSFBtRjhlX1E&output=html

Ilham Tohti: My Dream and the Journey of My Career (in Chinese) https://s3.amazonaws.com/wenyunchao_share/Ilham_01.html
(Translated by Yaqiu)

2014年1月23日木曜日

イリハム・トフティ:私の理想と選んだ道(4・完)



四、

 「ウイグルオンライン」は私が創設したウェブサイトである。その目標は全国の各民族人民と世界に新疆とウイグル人を知ってもらい、新疆の各民族人民に世界を知らせ、民族間の相互理解と対話を促進することである。管理の面では、いかなる独立、分離および無責任な扇動的言論の発表も禁止し、国家を転覆する言論の発表を禁止している。

 ウイグルオンラインの創設は、私がインターネットと検索サイトを見て、ウイグル人に対する憎悪を煽り、ウイグル人を攻撃する言論が大量に存在することを発見し、ウイグル人と漢人との溝が非常に深く、意思疎通と対話の場がないと感じたからである。漢人とウイグル人のネット民は互いに別々に不満を発散しているが、面と向かって議論し、真剣に相手の声を聴く機会がない。

 また、中国ではウイグル人について議論することが多いが、ウイグル人社会について基本的な常識を持っている人は少ない。これは多民族国家としてあるまじき状態である。他の人がやらないんだったら私がその空白を埋めようと思った。

 管理の面では、ウイグルオンラインはいかなる独立、分離および無責任な扇動的言論の発表も禁止し、国家の転覆を煽る言論の発表を禁止している。しかし新疆や他の地方の社会の時弊を批判する文章は善意から発し内容が真実ならば禁止しない。

 事前の私の予想通り、時々漢人の「怒れる若者」とウイグル人の「怒れる若者」が掲示板の上で激しくやりあうが、相違と対立は怖くない、怖いのは交流の機会が経たれることであり、交流があればいつかは共通認識が得られると、私は考えている。実際、少なからぬ漢人ネット民が以前私の言論が過激だとか偏っていると非難したが、彼らの中の多くの人から私の意見には賛成できないが、私の動機と善意は理解すると言って尊重するようになった。

 ウイグルオンラインは交流と意見表明のプラットフォームであるだけでなく、公益事業のプラットフォームでもある。近年、犯罪者に誘拐されたウイグル人の児童が内地でスリを働く社会問題が深刻化している。それは現地の人の安全感が脅かされるだけでなく、ウイグル人全体の民族のイメージを大きく傷つけていた。しかし、この誰もが知っており、日常生活における注目度の極めて高い問題が、その敏感さゆえにどのメディアも報道せず、どの組織・機関も体系的にこの問題の解決を図ろうとしなかった。それがどの民族であろうと、全ての子供が国の宝、社会の未来である。

 そのため、私はウイグルオンラインにウイグル人ストリートチルドレン救援プラットフォームを開設し、各地の民間の反スリ組織と積極的に連絡を取り、ストリートチルドレンに救助と法律援助を提供した。同時に『鳳凰週刊』にこの問題を報道するよう働きかけ、それによって新疆自治区政府はストリートチルドレン救助を課題として取り上げさせるという積極的成果を上げた。〔この鳳凰週刊の記事の翻訳は その(1) その(2) を参照〕

 また、私はウイグルオンラインをウイグル人社会の意見に影響を与えるツールにもしている。今日のウイグル人社会においては、当局の正統で堅苦しい官製メディアしか存在せず、ウイグル人社会が直面する本当の問題を取り上げ、同時に理性的、穏健的、建設的でもあるメディアは全く存在しない。一方で海外には扇動的言論で社会問題を「直視」するメディアに事欠かない。民族対立激化の危険に直面し、民族問題を討論するとき見解が極論に陥りやすいという新疆の環境〔それは当局の議論を禁ずる言論統制によって作り出された環境である〕の下で、我々の理性的で健康な声によって極論メディアから見解の市場を奪い返し、社会感情を良い方向に発展させることが、最も重要な任務・使命の一つだと私は思っている。

 ウイグルオンラインの独立性とウイグル人社会に類似のウェブサイトが無いことから、絶え間ない議論を通じて、ますます多くの人がその社会的機能と効果を認めるようになり、サイトの知名度と影響力も高まっている。ウイグルオンライン創設過程で、私は非常に大きな圧力を受け、サイトはたびたび強制閉鎖やハッカー攻撃を受け、私もたびたび当局の事情聴取を受けた。まさに他に類似のサイトが無いゆえに、私はウイグルオンラインはかけがえのないものであり、私は正しい仕事をしていると確信している。

結語

 ウイグル人知識人の一人として、私は自然に自分の民族に強い感情を抱いている。とりわけ歴史と環境を原因とするその発展の遅れ、その困窮は、私をいつも不安にさせる。私は自分の国に対しても、同様に強い感情を抱いている。とりわけ私が数十か国を旅行して実感したのは、強いナショナル・アイデンティティーが私の血の中に流れていることだった。わが民族であれ、わが国であれ、その苦しみ、その栄誉は、すなわち私の苦しみであり、私の栄誉である。

 今日の新疆、およびその他の地方において、民族問題は特殊な時代におけるこれまでにない特殊な試練にさらされている。私は感情の面でも、理性の面でも、中国のどの部分であれ分離することは受け入れられない。民族問題において、私は民族の自然融合に反対しない。なぜなら、それは社会の自然法則であり、歴史を振り返れば、漢民族もウイグル民族もどちらも多くの民族的源流の融合の産物だからである。しかし、私は人為的に手配され、計画された民族融合には反対する。本質的に行政的に行われる民族融合は、強制によって分裂をもたらすからだ。寛容に多元化を奨励することこそ、諸民族の融合を促す絆である。

 民族問題の解決は、民族自治の道の方向に着目し、中国を多民族多元文化の、強い魅力をもつ国にすることによってしか成し遂げられない。

 今日の中国の統治の視点から見れば、多民族多元文化の現状は社会転換期の問題と困難の複雑性を増すことであるが、文化と想像力の視点からは、その中のどの民族も計り知れない共同の財産である。通時的に中国の歴史を見ても、また共時的に今日の世界を見ても、文化の多元性と包容性のある国ほど、強大で豊かな創造力を持っている。

 そして、恣意的に自らの文化の独自性と優越性を強調し、統一意識もしくは排他意識の固定化を図るのは、閉鎖的部族社会の発想であり、必然的に恣意的に強調され保護された文化の内在的生命力を枯死させる。

 中国の憲法の中には民族自治の規定があり、それは諸民族の多元文化の共存と発展に良好な枠組みを提供しているが、実践のレベルではまだ探求が必要であり、法令によって具体化していかなければならない。我々は大胆に外国の各種の成功経験の中から法則を学び、中国に適した方法を編み出していくべきである。

 未来に向き合う知恵と心、現実を直視する勇気さえあれば、中国は必ずや中国の歴史を尊重し、中国の国家体制に適合し、国家の統一と民族自治との間の理想的なバランスを取った民族自治の道を見つけ出すことができると私は確信している。

 私はここ何年も新疆に行くことを禁止されているが、私が目撃した中国のここ数十年の深くかつ巨大な進歩と変化はここで止まってしまうことはないと確信している。私の努力と探求がこの国の進歩の一部になり、それを私が誇りに思う日が来ることを私は確信している。

イリハム・トフティ

2011117

〔 〕内は訳注

転載自由・要出典明記

2014年1月22日水曜日

イリハム・トフティ:私の理想と選んだ道(3)



三、

 私が長い間関心を寄せてきた問題は、新疆と中央アジアの二つである。新疆については転換期の新疆の社会、経済、文化の発展であり、新疆の多民族共存の道であり、中国の国情〔=現行国家体制〕の下での国家の統一維持と地方自治の間のバランスの探求である。

 今日、新疆のほとんどの人々が民族関係を巡っては計画経済時代と胡耀邦-宋漢良時代〔胡耀邦が中共の総書記(1982-1987)で、宋漢良がウイグル自治区の共産党書記(1985-1995)であったのが重なる時代〕を懐かしんでいる。計画経済時代は、政府が資源の平等公平な分配を行うことを通じて、民族間の平等感が良く保たれ、また当時は人口移動が禁止されていたので、不平等を感じる機会自体が欠けていた。胡耀邦-宋漢良時代は、政治的緊張が緩んだので、表面上は人々の不満は増えたが、内心では政府を信任し、政府の抑圧も最少で、社会の求心力は極めて強かった。

 1990年代以降、市場経済化の急速な推進に伴い、新疆の経済は大幅に発展したが、民族間の発展の機会の不均衡は顕著になっていった。とりわけウイグル人社会の転換期の発展には心の痛む状況が出現した。窃盗、スリ、薬物密売、薬物乱用、売春などの問題が、宗教的信仰によってそれらの犯罪に対して天然の文化的抑制が働くはずの民族の間に、あたかも全民族が犯罪民族であるかのような偏見を持たれるほどに急速に広まった。「マルサスの罠」の運命が無情にもウイグル人の身に降りかかったのだ。

 それとともに、これらの深刻な社会問題があろうことか研究のタブーとされ、ほとんど誰もこれらの問題を直視せず、いわんや体系的な社会調査と分析により対応を探ることはなされなかった。ウイグル人社会の問題は、一方で政府と漢人に対するウイグル人の不満と不信を増大させ、もう一方で、漢人、とりわけ内地漢人社会のウイグル人に対する差別的印象を強めた。

ウイグル人知識人の一人として、私はウイグル人社会と漢人社会の間に、猜疑心と不信の巨大な裂け目が日々拡大し、とりわけ若者の間では就職問題、民族差別問題のゆえに憎悪の感情が広く増殖していることを強く感じる。とりわけ七五事件およびその後の一連の相互作用は、矛盾と憎悪の爆発による発散というよりは、新たな蓄積の原因となった。

問題はますます深刻化しているのに、敢えて発言しようとする人はますます減っている。問題は1997年以降の、反「三つの勢力」〔テロリスト・分離主義者・宗教的過激主義者の3勢力〕運動〔弾圧と強制的同化を鮮明に打ち出した1996年の中共中央7号通達の「分離主義者・宗教的過激主義者」に2001年の911米国同時多発テロ事件の後に「テロリスト」が加わった〕が地方の主要任務とされたことである。それがもたらした間接的効果は、ウイグル人幹部、知識人が不信の目で見られるようになり、政治的雰囲気が抑圧的になったと人々が感じるようになったことである。

 北京という法環境が比較的良い〔=権力が比較的合法的に行動し、新疆と比べて弾圧が緩い〕場所に住むウイグル人知識人として、新疆問題に注目し研究することは私にとって逃れられない責任である。なぜなら、それはもはや専門知識が必要であるだけでなく、まず第一に必要なのは勇気になってしまっているからだ。

 七五事件の勃発とその前のラサの三一四事件の勃発は、人々に次のような事実を突きつける。それは、激しく転換する現代の中国において民族調和共存の道を探求することは、極めて切迫した任務であるということだ。中国ではもっぱら政治を語り、とりわけ政治的正しさを強調するだけで、法令の整備や政治学の視点から民族の調和共存の環境を改善・創造することが語られることはほとんどない。また、民族の調和共存の技術的問題については、国内でほとんど語られないだけでなく、そのような意識さえも欠如している。

 いかなる美しい政治的動機や願望も、一連の精細かつ周到な技術的支援が不可欠である。ところが中国においては、持続的で忍耐強い技術的取り組みではなく、政府が代価を無視して大規模に社会資源を組織・動員することが習慣化している。一方、マレーシア、シンガポールなどの多民族多元文化国家では、各民族の利益を精細かつ周到にバランスを取って処理し、民族包含と調和共存についてのユニークな技術的経験を積み上げている。その意味で、私の探求と努力は価値あるものだと私は思う。

 民族自治に関しては、民族問題が中国において敏感かつ緊迫した問題になるに伴い、反分離主義の視点に立って国の民族政策の失敗の経験・教訓をくみ取り、中国の民族政策を再検討する議論がますます増えている。しかし、それには強烈な漢民族中心主義思想が含まれ、典型的な統制思想を帯びており、実質的には近年の失敗した少数民族政策の弁解と追認に過ぎない。そして、これらの研究の視野には、外国のうまく解決したり緩和した民族対立、民族分離の危機を乗り越えた多くの事例は全く入っていない。学界のこのような傾向が政策決定者を誤りに導くことを私は深く憂慮している。

中央アジア研究は、私の個人的興味と地縁的な理由である。新疆問題の自然な広がりとして、私は中央アジア諸国の社会、政治、経済、文化の行く末に関心を寄せないわけにはいかない。なぜなら、中央アジアと新疆は長い国境を接しているだけでなく、言語、文化、宗教上の親戚関係にあり、複数の民族が国境を跨いで居住しており、新疆と中央アジアは髪の毛を一本引っ張っただけで全身が動くように、小さな動きが全域に影響する関係だからである。

 そのほかに、地政学的戦略の視点から、中国がいかにして中央アジアの政治、経済、文化領域に効果的に影響を与えうるか、中国が地政学的に安全的な地位を獲得すると同時に、中国と中央アジアの双方の利益をいかにして最大化するかを研究することも、私が関心をもっていることである。

 私は言語を生かした長期的持続的な知識の蓄積だけでなく、旅行を通じても現地の政界・経済界に幅広い人脈を築き、ビジネスの成功経験も持っており、それらすべてが私と国内の一般の中央アジア研究者との違いである。なぜならより近接した資源、情報及び経験を有することで、中央アジア問題を研究する際に、より容易に現地〔=研究対象〕から受け入れられるからである。

 こうした特殊な優位性によって、私は少なからぬ漢人商人の中央アジアにおける投資先探しを成功に導いたし、CNPCSINOPECなどの中央企業の現地における市場拡大の仲介役を務め、いろいろ厄介な問題も解決してきた。

 私が強く思うのは、中国が中央アジアに対していかに影響を与えるかは、まだまだ真剣かつ体系的に研究されていないテーマであり、中国は中央アジアにおいてより効果的かつ積極的役割を果たすべきであるということである。

〔 〕内は訳注

転載自由・要出典明記